iDeCo(個人型確定拠出年金)は、60歳以降に「一時金」「年金」「一時金と年金の併用」のいずれかで受け取ります。一時金には退職所得控除、年金には公的年金等控除という別々の控除が使われるため、同じ金額を受け取っても、受け取り方しだいで課税される所得の額が大きく変わります。
この記事では、個人事業主の方が「一時金と年金のどちらで受け取るか」を判断できるように、同じ1,000万円を受け取る3パターン(一時金・年金・併用)の計算例を、国税庁の速算表どおりに並べて比較します。あわせて、多くの個人事業主が加入している小規模企業共済の共済金を近い時期に受け取る場合に、退職所得控除の枠がどう重なるのかも整理します。
制度の全体像や小規模企業共済との比較は、ハブ記事「個人事業主のiDeCo出口戦略」にまとめています。この記事は、その中の「計算」の部分を深掘りしたものです。
iDeCoの受け取り方で使える控除は2種類|退職所得控除と公的年金等控除
iDeCoの老齢給付金は、一時金で受け取ると「退職所得」、年金で受け取ると「雑所得(公的年金等)」として課税されます。それぞれに使える控除と、課税のしくみが異なります。
| 受け取り方 | 所得の区分 | 使える控除 | 課税のしくみ |
|---|---|---|---|
| 一時金 | 退職所得 | 退職所得控除(掛金を拠出した年数で計算) | 控除後の金額の2分の1が課税対象。他の所得と合算しない分離課税 |
| 年金 | 雑所得(公的年金等) | 公的年金等控除(年齢と年金収入の合計で計算) | 老齢基礎年金などと合算して控除を計算。他の所得と合算する総合課税 |
| 併用 | 上記の組み合わせ | 両方 | 一時金部分は退職所得、年金部分は雑所得として別々に計算 |
退職所得控除の計算式(一時金)
公的年金等控除の速算表(年金)
年金で受け取る場合は、iDeCoの年金と老齢基礎年金などの公的年金を合計した「公的年金等の収入金額」に対して、次の控除が適用されます(公的年金等に係る雑所得以外の所得が1,000万円以下の場合。令和8年分の速算表)。
| 公的年金等の収入合計 | 65歳未満 | 65歳以上 |
|---|---|---|
| 60万円以下 | 所得は0円 | 所得は0円 |
| 60万円超〜110万円以下 | 収入 − 60万円 | 所得は0円 |
| 110万円超〜130万円以下 | 収入 − 60万円 | 収入 − 110万円 |
| 130万円超〜330万円以下 | 収入 × 0.75 − 27万5,000円 | 収入 − 110万円 |
| 330万円超〜410万円以下 | 収入 × 0.75 − 27万5,000円 | 収入 × 0.75 − 27万5,000円 |
| 410万円超〜770万円以下 | 収入 × 0.85 − 68万5,000円 | 収入 × 0.85 − 68万5,000円 |
| 770万円超〜1,000万円以下 | 収入 × 0.95 − 145万5,000円 | 収入 × 0.95 − 145万5,000円 |
| 1,000万円超 | 収入 − 195万5,000円 | 収入 − 195万5,000円 |
ポイントは、公的年金等控除は「iDeCoの年金だけ」ではなく、老齢基礎年金などと合算した金額に対して1つの枠として使われることです。65歳以降は老齢基礎年金だけで控除枠の大半を使ってしまうケースが多く、iDeCoの年金が上乗せされると、その分がほぼそのまま課税対象の雑所得になります。
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【2026年版】個人事業主のiDeCo出口戦略|小規模企業共済との併用・受け取り方で損しない完全ガイド
個人事業主のiDeCo出口戦略を税理士が解説。退職所得控除の計算、小規模企業共済との併用・受け取り順、2026年の改正点まで整理し、一時金・年金で損しない受け取り方を具体的にまとめます。
【計算例1】1,000万円を一時金で受け取る場合(拠出20年)
ここからは、次の共通の前提で3パターンを計算します。実際の税額は、受け取る年の他の所得、各種控除、税率によって変わりますので、あくまで「控除のしくみの違い」を見るための例としてお読みください。
60歳で1,000万円を一時金で受け取ると、拠出20年に対応する退職所得控除は800万円です。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 収入金額 | 1,000万円 |
| 退職所得控除額(40万円 × 20年) | 800万円 |
| 退職所得の金額((1,000万円 − 800万円) × 1/2) | 100万円 |
| 所得税(100万円 × 5%) | 5万円 |
| 復興特別所得税(所得税 × 2.1%) | 1,050円 |
| 住民税(100万円 × 10%) | 10万円 |
| 税額の合計(概算) | 約15万1,000円 |
1,000万円のうち課税対象になるのは100万円だけで、しかも退職所得は分離課税のため、その年に事業所得があっても合算されません。「退職所得の受給に関する申告書」を提出して受け取れば、源泉徴収で課税関係が完了し、原則として確定申告も不要です。
【計算例2】同じ1,000万円を年金で受け取る場合(65歳から10年)
同じ1,000万円を、65歳から10年間、年100万円ずつ年金で受け取るとします(運用益の増減は考えません)。65歳以降は老齢基礎年金(仮に年80万円)と合算して公的年金等控除を計算します。
| 項目(各年) | iDeCoを年金で受け取る場合 | iDeCoの年金がない場合 |
|---|---|---|
| 公的年金等の収入合計 | 180万円(80万円 + 100万円) | 80万円 |
| 公的年金等控除額(65歳以上・330万円以下) | 110万円 | 80万円(収入が110万円以下なので所得は0円) |
| 公的年金等に係る雑所得 | 70万円 | 0円 |
| 10年間の雑所得の累計 | 700万円 | 0円 |
一時金では課税対象が100万円(1回限り)だったのに対し、年金で受け取ると、10年間の累計で700万円が総合課税の雑所得として課税対象になります。この雑所得は事業所得など他の所得と合算されるため、65歳以降も事業を続けて所得がある方ほど、適用される税率が高くなりやすい点に注意が必要です。
一方で、他に所得がなければ、雑所得70万円は基礎控除の範囲に収まり、所得税がかからないこともあります。年金受取の税負担は「その年の他の所得がいくらか」で大きく変わる、というのが正確な理解です。
なお、公的年金を受け取る前の60〜64歳の間に年金受取を始めると、65歳未満の控除(最低60万円)が使われるため、iDeCoの年金100万円に対する雑所得は年40万円になります。65歳以降に老齢基礎年金と合算される場合と比べて、1年あたりの雑所得は小さくなります。
年金受取は「毎年少しずつ課税される」ため一見負担が軽く感じられますが、65歳以降は老齢基礎年金と控除枠を取り合うことになります。ご自身の年金見込額(ねんきん定期便)を確認したうえで、控除枠にどれだけ余裕があるかを見るのが最初の一歩です。
【計算例3】併用|控除に収まる分は一時金、超える分は年金で受け取る
一時金と年金を組み合わせる方法です。退職所得控除(800万円)に収まる800万円を60歳で一時金として受け取り、残りの200万円を65歳から10年間、年20万円ずつ年金で受け取るとします。
| 項目 | 一時金部分(60歳) | 年金部分(65歳から各年) |
|---|---|---|
| 収入金額 | 800万円 | 100万円(老齢基礎年金80万円 + iDeCo年金20万円) |
| 控除額 | 退職所得控除 800万円 | 公的年金等控除(110万円以下は所得0円) |
| 課税対象の所得 | 0円 | 0円 |
この前提では、一時金部分も年金部分も課税対象の所得が0円になります。「退職所得控除に収まる分は一時金、超える分は公的年金等控除の余りで受け取る」という考え方が、個人事業主の受け取り方の基本形です。
3パターンを並べると次のようになります。
| 受け取り方 | 課税対象になる所得 | この例での税額(概算) |
|---|---|---|
| 計算例1:一時金1,000万円 | 退職所得100万円(1回) | 約15万1,000円 |
| 計算例2:年金100万円 × 10年 | 雑所得70万円 × 10年 = 700万円 | 他の所得と基礎控除しだい(総合課税) |
| 計算例3:一時金800万円 + 年金20万円 × 10年 | 0円 | 0円 |
ただし、併用で受け取れるかどうか、年金の受取期間(5年以上20年以下)や回数をどこまで細かく選べるかは、加入している運営管理機関(金融機関)によって異なります。受け取り方を決める前に、ご自身の運営管理機関の給付ルールを確認してください。
年金受取は国民健康保険税にも影響する
所得税・住民税だけでなく、国民健康保険税(国保)への影響も見落とせません。個人事業主は退職後も国保に加入し続けることが多く、国保の所得割は前年の所得をもとに計算されるからです。
青森市の令和8年度の国民健康保険税では、所得割の計算に使う所得は「事業所得、不動産所得、給与所得、譲渡所得、雑所得等の合計金額」と土地建物等の分離課税の譲渡所得で、そこから基礎控除43万円を差し引いた額に税率(基礎分9.41%・後期高齢者支援金分2.46%・介護分2.74%・子ども・子育て支援金分0.30%)をかけます。iDeCoを年金で受け取った分は「雑所得」としてこの合計に含まれる一方、一時金の退職所得は分離課税で、この合計には含まれていません。
つまり計算例2のように年金受取で雑所得が毎年70万円増えると、所得税・住民税に加えて、国保税の所得割も10年間にわたって増える可能性があります。「税金は基礎控除の範囲で0円でも、国保税は増える」というケースがあるため、年金受取を検討するときは国保税まで含めて手取りを見る必要があります。
国保税の計算方法は市町村ごとに異なります。青森市以外にお住まいの方は、お住まいの市町村のページでご確認ください。
小規模企業共済と同時期に受け取ると控除枠はどうなる?【同じ年・10年以内・10年超】
小規模企業共済の共済金を一括で受け取ると、iDeCoの一時金と同じ「退職所得」になります(分割で受け取ると公的年金等の雑所得です)。iDeCoの一時金と近い時期に受け取ると、退職所得控除の枠が重なって調整されるため、受け取る年の間隔によって結果が変わります。
ここでは、先ほどの前提(iDeCo:40〜60歳の20年拠出、資産1,000万円)に、次の小規模企業共済を加えて3パターンを比べます。
パターンA:同じ年に両方を一括で受け取る
同じ年に2つ以上の退職手当等を受け取る場合、退職所得控除は「最も長い期間」をもとに1つだけ計算し、重複する期間は二重に数えません。この例では35〜65歳の30年が最長なので、控除は1,500万円だけです。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 収入金額の合計(1,000万円 + 1,500万円) | 2,500万円 |
| 退職所得控除額(30年分・1つだけ) | 1,500万円 |
| 退職所得の金額((2,500万円 − 1,500万円) × 1/2) | 500万円 |
| 税額の概算(所得税57万2,500円 + 復興特別所得税1万2,022円 + 住民税50万円) | 約108万5,000円 |
パターンB:iDeCoを60歳、共済を65歳で受け取る(10年以内)
2026年1月1日以後にiDeCoの一時金を受け取り、その後の退職手当等(共済金の一括受取を含む)を受け取る年の「前年以前9年内」にiDeCoの一時金があると、共済側の退職所得控除から、重複期間(この例では20年分=800万円)に対応する控除額が差し引かれます。令和7年度税制改正で、この期間が「前年以前4年内」から「前年以前9年内」に延長されました(いわゆる「5年ルール」から「10年ルール」への変更)。
| 項目 | iDeCo一時金(60歳) | 共済金(65歳) |
|---|---|---|
| 収入金額 | 1,000万円 | 1,500万円 |
| 退職所得控除額 | 800万円(20年分) | 1,500万円 − 800万円(重複20年分)= 700万円 |
| 退職所得の金額 | 100万円 | 400万円 |
| 税額の概算 | 約15万1,000円 | 約78万円 |
| 2回の合計 | 退職所得 500万円 | 税額 約93万1,000円 |
控除の合計額はパターンAと同じ1,500万円ですが、受け取る年が分かれることで累進税率が低い区分に収まり、税額はパターンAより減ります。
パターンC:iDeCoを60歳、共済を70歳で受け取る(10年超)
共済金を受け取る年の前年以前9年内にiDeCoの一時金がなければ、調整は行われず、共済の加入期間30年に対応する退職所得控除1,500万円をそのまま使えます。
| 項目 | iDeCo一時金(60歳) | 共済金(70歳) |
|---|---|---|
| 収入金額 | 1,000万円 | 1,500万円 |
| 退職所得控除額 | 800万円 | 1,500万円(調整なし) |
| 退職所得の金額 | 100万円 | 0円 |
| 2回の合計 | 退職所得 100万円 | 税額 約15万1,000円 |
3パターンの比較です。
| 受け取り方 | 使えた退職所得控除の合計 | 退職所得の合計 | 税額の概算 |
|---|---|---|---|
| A:同じ年に両方 | 1,500万円 | 500万円 | 約108万5,000円 |
| B:iDeCo60歳 → 共済65歳 | 1,500万円 | 500万円 | 約93万1,000円 |
| C:iDeCo60歳 → 共済70歳 | 2,300万円 | 100万円 | 約15万1,000円 |
受け取る間隔を10年以上あけると、iDeCoと共済のそれぞれで退職所得控除を使い切ることができます。逆に、共済金を先に一括で受け取り、その後にiDeCoの一時金を受け取る順番だと、「前年以前19年内」という長い判定期間が適用されるため、iDeCoの受給開始期限(75歳)との関係で間隔をあけにくくなります。受け取り順の考え方はハブ記事で整理しています。
なお、先に受け取った一時金の収入金額がその退職所得控除額に満たない場合は、重複期間の数え方に特例があり、差し引かれる控除額が上の例より小さくなります。廃業の時期や共済の加入状況によって実行できる設計は変わりますので、具体的な受け取り計画は個別の試算が必要です。
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受け取り方を決める前に確認する5項目
この記事の計算例は、控除のしくみを比べるために前提を単純化しています。実際の判断では、受け取る年の所得・控除・国保税・受給開始時期の制約を含めた個別の試算が必要です。
よくある質問
Q. 一時金と年金は、結局どちらが有利ですか?
資産額が退職所得控除の枠に収まる方は、一時金で受け取ると課税対象の所得が0円になり、国保税にも影響しないため、一時金が基本になります。枠を超える方は、超える部分を年金で受け取り、公的年金等控除の余りを使う「併用」が候補です。老齢基礎年金の額や受け取る年の他の所得によって結論は変わります。
Q. 一時金の受け取りで確定申告は必要ですか?
受け取り時に「退職所得の受給に関する申告書」を提出していれば、正しい税額が源泉徴収されるため、原則として確定申告は不要です。提出しない場合は収入金額の20.42%が源泉徴収され、精算には確定申告が必要になります(国税庁 No.1420)。
Q. 小規模企業共済を分割で受け取る場合はどうなりますか?
分割で受け取る共済金は、iDeCoの年金と同じ「公的年金等の雑所得」として、老齢基礎年金などと合算して公的年金等控除を計算します。iDeCoを一時金、共済を分割にすれば退職所得控除の重なりは生じませんが、公的年金等控除の枠を共済とiDeCoの年金が取り合う形になります。
Q. 2026年からの「10年ルール」は、すでにiDeCoに加入している人にも適用されますか?
加入時期ではなく受け取り時期で判定されます。2026年1月1日以後にiDeCoの一時金を受け取り、その後に退職手当等を受け取る場合に「前年以前9年内」の判定が適用されます。2025年12月31日以前に受け取ったiDeCoの一時金については、従来の「前年以前4年内」で判定します(国税庁 No.2735)。
まとめ|控除に収まる分は一時金、超える分は年金が基本形
iDeCoの一時金には退職所得控除、年金には公的年金等控除が使われ、同じ1,000万円でも課税対象の所得は「100万円(一時金)」「累計700万円(年金)」「0円(併用)」と大きく変わります。年金受取は所得税・住民税だけでなく国保税にも影響するため、手取りで比べることが大切です。
小規模企業共済の共済金を一括で受け取る予定がある方は、iDeCoの一時金との間隔を10年以上あけられるかどうかで、使える退職所得控除の合計が大きく変わります。受け取りの数年前から、拠出年数・公的年金の見込額・他の退職所得の予定を整理しておきましょう。
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出典
- 国税庁 タックスアンサー No.1420 退職金を受け取ったとき(令和7年4月1日現在法令等)
- 国税庁 タックスアンサー No.2735 同じ年に2か所以上から退職手当等が支払われるとき(令和7年4月1日現在法令等・前年以前9年内/19年内の調整)
- 国税庁 暮らしの税情報「高齢者と税(年金と税)」(公的年金等控除額の速算表・令和8年分)
- 国税庁 タックスアンサー No.1600 公的年金等の課税関係
- 中小機構 小規模企業共済の共済金(一括受取は退職所得、分割受取は公的年金等の雑所得)
- iDeCo公式サイト(国民年金基金連合会)iDeCoの加入資格・掛金・受取方法等(受取方法・年金の受取期間5年以上20年以下)
- 青森市 国民健康保険税の計算のしかた(令和8年度)
